脳科学の最前線―目的指向的行動と前頭連合野 (9/1号)
平成18年 9月 1日号
今回の特集は
脳科学の最前線―目的指向的行動と前頭連合野
石井威望のコメント
「意識の探求」(クリストフ・コッホ著)に代表されるような意識を対象とした新しい研究が、1990年代から盛んになってきた。上記のコッホも、DNAの二重らせん構造を解読してノーベル賞を受けたフランシス・クリックと共同で「Nature」誌上に、意識に関する論文を発表している。結局、ニューロンの研究など脳科学の最前線が、意識の問題にまで拡大した。
本稿の著者である理化学研究所脳科学総合研究センター田中啓治領域ディレクターも脳科学研究のリーダーの1人である。具体的な実験データに基づく刺激−報酬連合や、さらに高次の報酬を目的とした研究にまで発展し、文字通り人類の内的世界(主観)への科学的挑戦が始まっている。
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ポイント
1. 目的指向的な行動制御の鍵を握る作業記憶、そして前頭前野
心とは目的指向的に行動を制御する精神活動の総体である。その制御には大脳の前頭連合野が重要な働きする。また、後に遂行する行為に用いるために特定の情報を選択して保持し、必要に応じて操作を加える機能=作業記憶も必要とされる。作業記憶における代表的な課題は遅延反応であり、それをめぐる一連の研究によって作業記憶の座として前頭前野の機能を考える傾向が強まってきた。
2. 刺激―報酬連合に基づいた行動を支える扁桃体と前頭眼窩野
サルへの実験によると、食物報酬の出現予測に対応する神経細胞活動が前頭前野のいろいろな領域で観察されるが、その中で扁桃体ないし前頭眼窩野が破壊されたり、両者の結合が遮断されたりすると、刺激―報酬連合に基づいた行動が障害される。この連合機構は、外界の物体についてのその時点における内的な報酬価値を算定し、この情報を前頭前野に送り、そこでの目的指向的な行動制御を環境適応的なものにしている。
3. 高次の報酬を目的とした行動でも前頭前野内側部の関与の可能性
最近の研究では、目的から行為を選ぶ過程において前頭前野内側部、とりわけ帯状溝付近が重要な働きを果たしていることや、報酬を異なるものにすることにより学習の速度が速くなる「DOE現象」などがあきらかになっている。より高次の報酬を目的とした行動が引き起こされるメカニズム解明は動物実験では困難であるが、ヒトのイメージング研究の結果からは前頭前野内側部の同様の関与が示唆されている。